独学はひとりごつように

独学で国家資格の取得を目指す人の雑記ブログ

風邪なのにジョギングを続けて肺炎になり美人看護師に座薬を入れられた話

今回の話は2011年3月の出来事なので、かなりの時間が経過していますが、いまだによく思い出して恥ずかしくなってしまう出来事です。あの恥ずかしい出来事から10年近く経過したので、良い機会だからブログに書いてみることにします。

これを書いてしまうと私がかなりのアホな奴だということがバレてしまいますが、間違いではないので別にかまわないということにしておきます。

それでは、2011年3月に起こった出来事を書いていきますね。タイトルどおりの恥ずかしい話です。

激太りしてダイエットを決意

夕陽に向かってジョギングをする人

当時の私は、30代になって基礎代謝が落ちたことや若い頃からの不摂生が祟り、けっこうな肥満体になっていました。身長が176cmで体重が確か88kgだったと思います。20代前半の頃は65kgだったので20kg以上の増量です。本当にヤバかった。

自分ではあまり気がつかなかったのですが、スーツや普段着がどれもこれもピチピチになってしまい、すべて新しく買い替えなければならなくなった時点で、やっと自分がデブなんだと自覚しました。

ズボンの太もも(内側)の生地がこすれて薄くなっていましたからね。さすがに自覚しないとおかしいですよね。ちなみに、私はこの内ももの生地がこすれて薄くなる現象を「デブの証明」と呼んでいます。

両親共に糖尿病になっていますし、親戚にも糖尿病やその予備軍が多いという、血筋的には糖尿病のサラブレッドだったので、このままでは自分も糖尿病になってしまうという危機感から、ダイエットのために毎日ジョギングをしようと決意しました。

若い頃の感覚でジョギングをする

元々、体を動かすのは好きで体力にも自信があったので、体を慣らすこともせずに、いきなり10㎞くらいのジョギングを毎日続けたんです。かなり無謀な奴だと今なら思うのですが、当時はそれほど無謀なことをしている感覚はなかったですね(笑)。

それでも、はじめのうちはよかったんですよ。「たまには体を動かすのも良いもんだ」くらいの感じでジョギングをしていたのですが、走り始めた季節が冬ということもあり、風邪をひいてしまったんですね。

風邪をひいたんだから治るまでジョギングは休めばいいのに、変なスイッチが入ってしまってて、そのまま走り続けたんです。「風邪くらい走って汗をかけば治る」という感じでした。結局、風邪を引いたまま、その後も1ヶ月以上休むことなくジョギングを続けてしまいました。

休まずジョギングを続けたおかげで体重は8kgくらい落ちたのですが、今にして思えば、それはジョギングの成果というよりも体調の著しい悪化が主な原因だったんだと思います。この後に、自分の身に起こる異変も知らずに、私は「体重が減った」と無邪気に喜んでいました。

体温計がエラー表示されるほどの高熱

体重が減ったことを喜んでいたのも束の間で、事態は急変します。

その日も仕事終わりにジョギングをして、寝る前に風邪薬を飲んで(1ヶ月以上風邪薬を飲んでいる時点でヤバいと気付くべきでした)寝たんですが、夜中に強烈な、それはそれは強烈なのどの渇きをおぼえ、目が覚めたんです。

そして、水分を補給するために布団から起き上がろうとしたのですが、なかなか起き上がることができないんですね。体がまったく言うことをきかない状態です。

アホな私もさすがにその時点でやっと異変に気付きました。布団が汗でビショビショになっているんです。それはものすごい濡れようでですね、服を着たままお風呂に入って、着替えずに布団にもぐり込んだくらいの濡れようでした。後日、布団を新しく買い替えないといけなくなったくらいの濡れようでしたから(服も布団も買い替えて痛い出費でした)。

体の異常に気付いた私は、ふらつきながらも冷蔵庫にたどり着き、中に入っているウーロン茶をがぶ飲みして一息ついた後、恐る恐る体温計で体温を測ったんです。そして、熱は何℃あるのかと体温計を確認したら、エラー表示されているんです。

最初は、私がしっかりと脇に挟んでいなかったからだと思い、何度か熱を測り直したのですが、何度測り直しても体温計はエラー表示されます。

実はその体温計、ものすごい高熱だとエラー表示されるようになっている体温計だったんですよ(一般的な体温計はそういうものらしいです。今はどうなのか知りませんが。)。なので、その時の正確な体温は今も分からないままです。普通の体温計は42℃まで表示されるらしいので、もしかしたら42℃をオーバーしていたかも知れませんね。

咳をした拍子にまさかの吐血

何度体温を測り直してもエラー表示になるので、仕方なく病院に行こうとしたのですが、夜中だったので朝まで待つことにしました。体調はすこぶる悪いのですが、その時はまさか自分が肺炎になっているとは思いもよらなかったので、ある程度は心に余裕があったんですよね。

ただ、何気なく咳をした拍子に血を吐いたことで、そんな心の余裕もすぐになくなります。後から医者に聞いたら、「おそらく、咳のしすぎで、のどが切れて血が出たんだろう。」と言われたのですが、血を吐いた瞬間は結核かなんかだと思ってしまって大いに動揺しました。

救急車を呼ぼうか迷ったのですが、意識はしっかりしていたので、朝まで待って自分で車を運転して病院へ。事故を起こさないように、あれほど細心の注意を払って運転したことはないですね(笑)。

超絶美人な看護師に座薬を入れられる

病院の受付で事情を話すと、イスに座るように言われ、すぐに看護師さんが体温計を持ってきてくれて、体温を測ることになったのですが、ここでも当然のように体温計はエラー表示されます。

どうやら、看護師さんはその時点ではインフルエンザだと思っていたようです。何度もエラー表示されている体温計を見て、ますますインフルエンザの疑いを強めたのか、看護師長さんの指示で隔離されてしまうことになりました。

隔離された場所でインフルエンザかどうかを調べ、結局はインフルエンザではなかったのですが、あまりに高熱だったので、とにかく熱を下げる処置をするということで解熱剤の座薬を入れられることになったのですが、担当の看護師さんが超絶美人だったんですよ。

それはもう、「こんな美人な看護師さんはドラマの世界でもいないだろう」というほどの反則的な美人でして、そんな人に座薬を入れられるのが恥ずかしくて仕方なかったですね。人によっては嬉しく思うかも知れませんが、私は恥ずかしかったんですよ(笑)。

いくら恥ずかしいと言ってもですね、「他の看護師さんに変えてくれ」とかは失礼で言えませんし、「男の看護師にしてくれ」なんて言うと、変な勘繰りをされそうな気もしたんで、何も言わずにされるがままに、その美人看護師さんに座薬を入れてもらいました。

解熱剤を入れられると体中から汗が噴き出して、美人看護師さんに何度も体を拭いてもらわないといけなかった(自分で拭く元気がなかった)ので、なんかもう自分が情けなかったですね。

解熱剤を飲んで数時間後には、熱も体温計がエラー表示されないくらいには下がったのでよかったのですが、とにかく、ものすごく美人な看護師さんに座薬を入れられたのが恥ずかしかったです(笑)。美人でなくても恥ずかしいのに変わりはないのですが、美人だと余計に恥ずかしいですね。

肺炎と診断され入院を勧められる

解熱剤のおかげで熱が下がった後は、何が原因なのか血液検査やレントゲンを撮って調べてもらいました。その結果、肺炎になっていることが判明します。

血液検査の結果を医者が私に見せてくれたのですが、ほとんどが異常値になっていまして、医者に「これでよくジョギングできましたねぇ」と、呆れられてしまいました。間違いなく感心した表情ではなかったですね。他にも「根性だけは凄い」とか言われましたし(笑)。

医者はすぐに入院を勧めましたが、入院費をケチって拒否しました。向うもなかなか譲らないので苦労しましたが、なんとか薬だけをもらって帰ることで決着しました。

朝から夕方まで車を病院の駐車場に停めていたので、駐車料金が2,000円を超えていて何とも言えない気持ちになったのを憶えています(記事を書いている現在もなんとも言えない気持ちになっています笑)。もちろん、帰りも事故を起こさないように、細心の注意を払って運転しましたよ。

肺炎の後遺症的な症状

肺炎は、2週間くらいの自宅療養で治ったのですが、その後は後遺症のようなものに悩まされました。

肺炎が完治して3ヶ月くらい経ってから、またジョギングを再開したのですが、走り出すとすぐに身体中の節々が熱くなってしまうんです。とてもじゃないけれど、走れる状態ではないと感じたのでジョギングを中止して、しばらくの間はウォーキングに変更することにしました。

結局、走っても身体中の節々が熱くならなくなるまで半年以上かかりましたね。私は勝手に肺炎の後遺症だと思っているのですが、一体あれは何だったんですかね?

とにかく、どんなことでもほどほどにしておかないと大変なことになるなぁ、と感じた出来事でした。

ジョギングによるダイエット成果

そうそう、私のダイエット? の成果を話すのを忘れていましたね。

結局、肺炎になってしまったため、ダイエットは中止せざるを得なかったのですが、体重は何故か75㎏くらいまで落ちて、現在も75kg前後で安定しています。10㎏以上減量できたので、いちおうダイエットは成功したと言ってもいいと思います。寿命は確実に短くなりましたが(笑)。

肺炎になった経験を活かして、その後は健康的なジョギングと筋トレを心掛けているので、体型が極端に崩れることもなく四十路に突入することができています。糖尿病にならないように、このまま運動を続けて、動ける爺さんになろうと思っています。

最後に書いておきたいことがあるので書いておきますね。私が肺炎になったのは2011年の3月です。皆さんご存知のように震災があった月です。私は東日本大震災があった日、肺炎で寝込んでいました。

肺炎でうんうんと唸りながら、テレビのニュースを見て心を痛めていました。そして、次の週からは株価が大暴落し保有する銘柄が軒並み含み損を抱えてしまったのですが、何もできずにただ黙って真っ赤な数字で埋め尽くされたポートフォリオ画面を見ていたんですよね。

いつか、東日本大震災の影響により株式投資で300万円超の含み損を抱えることになった話(当時の投資資金は700万円)を書きたいと思っています。

それではまた。

こちらの記事では、自分ではM字ハゲだと思っていたら、頭頂部も薄くなっていることに気がついた衝撃を書いています。

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