独学はひとりごつように

独学で国家資格試験合格を目指す兼業FXトレーダーのブログ

10代の頃に書いた詩『言葉がなくなることで』をブログに公開

10代の頃に書いた詩(ポエムノート)の中から『言葉がなくなることで』を選んでブログに投稿した後に、初老になって自作詩を読み返した感想を書いてみようと思います。

ポエムノートに書かれた若かりし頃の痛いポエムをブログに投稿するという苦行を最後までやり遂げたいと思っていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

『言葉がなくなることで』自作詩103編目

言葉がなくなることで、嘘もなくなるだろう。

嘘がなくなれば、僕みたいなのは消えてなくなるかな。

僕みたいなのが一斉に消えてなくなれば、少しはマシな世の中になるだろう。

社会に溶け込める人がほんの少しは増えて、病に苦しむ人もほんの少しは減る気がする。

野原に咲く花々も以前よりは少しだけ美しく咲くかもしれないな。

太陽だってやさしくなって、道行く人の表情も和らぐだろう。

でも、僕みたいなのが存在しなくなると、みんなの幸せの量がほんの少し減ってしまうような気もする。

結局、言葉はなくならないだろうし、これからも僕みたいなのがあちこちに存在するわけで。それが世の中にとっても悪くないわけで。

自作詩を読み返した感想

まずは、自作詩『言葉がなくなることで』を初老になってから読み返した感想を書いてみようと思います。

これは16歳の頃に書いた詩です。この詩は途中で書くのをやめている詩なので、当時の私は書いていて「なんか違うなぁ」と思ったんでしょうね。初老になった私も読み返していて「なんか違うなぁ」と思いました笑。

おそらく、自分のような劣等生というか、世の中の役に立ちそうもない人間でも、存在する意味は多少なりともあるということを書きたかったんだと思います。それで途中で「なんか思ってたんと違う」と感じて、書きかけのまま終わってしまったんだと思います。

自作詩を読み返した感想はこれくらいにしておきます。毎週というわけではありませんが、金曜日の18時に、10代の頃に創作した詩(ポエム)を公開するようにしますので、私の若かりし頃の拙く痛い詩に興味のある方はブログに訪問して頂けると嬉しいです。それではまた。

最後に10代の頃に書いた自作詩の記事のリンクを貼っておきますので、併せて読んで頂けると嬉しいです。

▶10代の頃に書いた詩・ポエム(102編目)を「10代の頃に書いた詩『人間嫌い』をブログに公開」で公開しています。