10代の頃に書いた詩(ポエムノート)の中から『努力は必ず報われる』を選んでブログに投稿した後に、初老になって自作詩を読み返した感想を書いてみようと思います。
ポエムノートに書かれた若かりし頃の痛いポエムをブログに投稿するという苦行を最後までやり遂げたいと思っていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
『努力は必ず報われる』自作詩98編目
「努力は必ず報われるとは限らない」と君はいったね。僕は何も答えなかったけど、答えがなかったわけじゃなくて、わかってくれるはずもないとわかっていたから僕は何も答えなかったんだよ。
そういえば、この前、テレビでしたり顔をしたおばさんが、君と同じようなことをいってたな。もしかしたら、君もその番組を見ていたのかも知れないね。
「努力は必ず報われるとは限らない」、そういった君の顔がしたり顔ではなかったから、ほっとしたけれど、その後、少しだけ心配にもなったよ。
あきらめようとしている夢があるなら、あきらめたらいいと思うけれど、これまでしてきた努力が報われなかったと勘違いしてそうなので、はっきりといっておきたい。
努力は必ず報われます。誰がなんといおうと報われます。報われないとかいっている人は、「報われる」ということのとらえ方が狭い人なんだと思う。だから、結果がダメだと「報われなかった」といってしまうんだと思う。君もきっとそうなんだろう。
必死に努力をしたのに、それが結果に結びつかなかったら、そりゃ「努力は必ず報われるとは限らない」といいたくなる気持ちもわかるけど、これまでしてきた努力は無駄じゃなくて、人生のどこかで報われるんだ。とらえ方次第なんだよ。
それに、「死ぬほど努力をしたのにダメだった君」は、「何もしなかった君」よりも間違いなく成長していると思うんだ。それも「報われる」ということに含めて、これからの人生を生きてほしいと僕は思っているんだよ。
そしたら、いつか、また違った夢を見つけたときに、「努力することをためらわない君」がいるんじゃないかと僕は思っているんだよ。
そして、次こそ君の努力が結果に結びつくといいなと、僕はそう願っているんだよ。そりゃあ、結果が出るに越したことはないからね。たまにはそういう報われ方もしないとやってられなくなりそうだしね。
自作詩を読み返した感想
自作詩『努力は必ず報われる』を初老になってから読み返した感想を書いてみようと思います。
これは18歳の頃に書いた詩です。詩というか、誰かに宛てた手紙みたいな感じですね。誰のことを想って書いたのかは、まったく憶えていないので悔しいですが、18歳の頃の自分は、色々と考え事が多かったのかなぁと何となく思いました。
「報われる」ということを広く捉えることで、「努力は無駄じゃない」と言いたかったのだと思います。綺麗事のように聞こえる人も多いかも知れませんが、私の若い頃は、努力する人を笑う傾向にありまして、そういうのが嫌でこういった詩(というか手紙)を書いたんだと思います。
感想を書いていて思いましたが、これ、もしかしたら自分に宛てた手紙かも知れませんね。誰に宛てた手紙なのかは分かりませんが、ちょうど資格試験に挑戦しているところなので、どういった結果になろうと努力は報われるんだと思って頑張ろうと思います。そりゃあ、合格するに越したことはありませんけどね笑。
自作詩を読み返した感想はこれくらいにしておきます。毎週というわけではありませんが、金曜日の18時に、10代の頃に創作した詩(ポエム)を公開するようにしますので、私の若かりし頃の拙く痛い詩に興味のある方はブログに訪問して頂けると嬉しいです。それではまた。
最後に10代の頃に書いた自作詩の記事のリンクを貼っておきますので、併せて読んで頂けると嬉しいです。
▶10代の頃に書いた詩・ポエム(99編目)を「10代の頃に書いた詩『命』をブログに公開」で公開しています。
▶10代の頃に書いた詩・ポエム(96編目、97編目)を「10代の頃に書いた詩『雑踏の中』と『道にへばりついたガム』をブログに公開」で公開しています。